2013年2月24日日曜日

自立型ロボットシム「カルネージハート・ポータブル」を買わずにはいられなくなる,「あなたがカルポを遊

。 これは“指定の間隔で定期的にミサイルを撃つ”を再現したチップ。最後にミサイルを撃った時間をカウンタ(メモリのようなもの)に格納しておき,このチップを通るたびに現在時間と最終射撃時間を比較して,その差が20秒以上なら再び射撃,といった内容だ。面白そうでしょ? 理由その3:あなたが面白いと感じることが構造的に保証されている  これは筆者の持論だが,コンピュータゲームとは詰まるところ“シミュレータ”であると思っている。  たとえばテニスゲームはテニスのプレイヤーや道具,あるいはボールの物理現象をシミュレートしている。またRPGは,仮想世界と住民やモンスターの振舞いをシミュレートし,プレイヤーキャラクターのレベルや経験値というパラメータを変化させて,その変化が仮想世界にどのような影響を与えるかというリアクションを楽しめるような設計といえる。その他多くのジャンルはあれど,メイプルストーリー RMT,プレイヤーのインタラクションとゲームからのリアクションという要素をどんどん分解していけば,最小単位は“シミュレータ”になるのではないかと考えているわけだ。 複数の機体を協調的に動作させ遊んでみたり  すると,本作を含め“シミュレータ”として作られたゲームは,モチーフが現実のものであれ架空のものであれ,キチンとモデルを作りこんでインタラクションとリアクションが設計してあれば,アイオン RMT,どれもそれなりに遊べてしまうのではないだろうか? つまりシムシティなどの箱庭ゲームしかり本作しかり,ピュアなシミュレータとして成立するゲームは,すでにその構造がコンピュータゲームとしての面白さをある程度保証しているのではないかと思うわけである。  「んなもんカルポだけじゃないだろ」などと言われそうだが,特定のモデルを舞台にトライ&エラーをひたすらかつ短いスパンで繰り返す,そういった点にフォーカスしたタイトルは多くない。仮想世界に与えるパラメータを直接的に変更し続けるという意味では,ゲームというより絵画や粘土細工のような遊び心地に近く,カルポの特異なプレイ体験もそこからきているのかもしれない。  ただシンプルさと奥の深さを併せ持つゲームシステムは公園の砂場と同じようなもので,スコップやバケツだけが与えられた状態で作りたいものがあれば作れと言われるようなぶっきらぼうさがある。もちろん,だからこそプロローグやシナリオモードがあり,多少なりとも目標やその設定方法を示唆してくれるものがあるわけだが,やはり最終的には自分で目標を設定する必要がある
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